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日本の新聞配達を支えるベトナム人奨学生 ~来日前、現地説明会ルポ~

はじめに

毎朝夕、自宅に新聞が届くという世界でも稀な「宅配制度」を現場で支えているのが新聞販売店とそのスタッフ達です。このスタッフは、以前は専業従業員と新聞奨学生が中心でしたが、今奨学生のなかに外国人留学生の占める割合が増えてきています。
特に首都圏については、従来の韓国、台湾から、中国、ベトナム、モンゴルといった新興国の留学生の比重が増えており、朝日新聞に限ってみるとベトナム人留学生の割合が特に高くなってきています。

ベトナム人新聞奨学生についてはこれまでも、本誌でたびたびとりあげてきました。
今回は、2012年3月の来日を2ヶ月後に控え、その準備に忙しい現地の留学予定者へのオリエンテーションの様子を現地で取材しましたので紹介します。

ドンズー(東遊)日本語学校での説明会

今回訪問したのはベトナム最大規模の日本語学校で、ホーチミン市に本校を有するドンズー(東遊)日本語学校です。校名の由来は、1905年の日露戦争での日本の勝利に触発されたファン・ボイ・チャウらの反仏独立運動に逆のぼります。ベトナムの優秀な若者を日本に送り人材を育成しようとした、このドンズー(東遊)運動からとったのだそうです。
本校舎は空の玄関口、タンソニエット空港にほど近いホーチミン市の北部にあります。同校は、現在市内中心部から北西へ車で1時間ほどのベトナム戦争の遺跡として有名なクチトンネルの近くに、3万m²の広大なキャンパスを確保し、校舎や寮の建設を進めています。

ドンズー日本語学校(本校舎)ドンズー日本語学校・本校舎

今回訪問したのは、留学予定者が寮生活をしながら学んでいる。その新キャンパスです。
案内してくれたのは日本語教師歴15年という、ベテランのクアン・ティン・ギー副校長。ちなみに、創設者のグエン・ドク・ホエ校長は日本の京都大学等でも学んだという人で、創設したのは1991年ですから、2012年で21年目を迎えます。

キーマン・日川さんの登場

さて、オリエンテーションです。今回の説明者は、以前本誌第71号・拙稿「今年も来日、ベトナム人新聞奨学生」でも紹介した元新聞販売店主の日川弘さん。日川さんは現在、朝日奨学会の世話役として、年に数回ベトナム各地を訪問し、奨学生の採用のサポートにかかわってきています。今回もホーチミン市に来る前に、ハノイやダナンをまわって来日予定者らに説明してきました。ギー副校長とも旧知で説明会の合い間にも「ギー先生、最近、結婚したんだって、おめでとう。ご主人はどんな人?いい男?」などと軽口をたたいていました。

日川 弘さん日川 弘さん

この日も、30余名の来日予定学生を前に、大きなはっきりした言葉で説明します。まずは日川さん持論の「がまんしろ」をキーワードに話を進めていきます。彼は、見ず知らずの異国で仕事をしてお金を得ながら勉強もしようというのだから、昔の修身や道徳を言うつもりはないが、まずはがまんしろというのだそうです。郷に入っては郷に従えというわけです。

まずは運転免許取得

まずはひと通り、来日から外国人登録、合宿までの手順を説明したあと、運転免許取得に話の重点を移していきます。かつては自転車でしたが、今は新聞配達もバイクが中心。従ってバイクの免許取得が必要になります。しかし、50問中45問以上正解しないと合格できないため、日本人でも1回で合格できない事も珍しくない、あの試験です。これをわずか1週間の合宿で取得させようというのですから、今の内から模試にも熱が入ります。

ドンズー日本語学校の学生達ドンズー日本語学校の学生たち
(本文とは関係ありません)

とにかく、これに合格しないと、平均300部前後の新聞配達が出来なくなるので、何としても受かるよう、手に持つ模試のテキストにも思わず力が入ります。
また、ここは日本語の読解力に力を入れているドンズーの学生たちを対象にしているだけに、時にその辺りの言葉を選びながら進めていきます。「バイクの洪水のなかで育ってきているようなものだから実技はもともと不要ですし、問題はありません。それに皆さんは漢字の能力も高いドンズーの学生さんたちなので、試験用紙は日本語ですが、ちゃんと読めば解けるはずです。でも時々ひっかけ問題があるので注意してください。合格ラインは45問ですが、模試で50問中47問以上できなかったら、今からさらに勉強してください。」

バイクや日本語能力の技量を持ち上げた後で、すぐ交通事故の話も忘れません。「ベトナムはバイクが多く、せいぜい時速30kmくらいだけど、日本は車中心で倍の60km前後は出ています。ベトナムと同じ調子でやって事故に会ったら死ぬかもしれない。万一事故を起こしたり、受けたら、事故の大小に拘わらず、すぐに所長、店長、主任らに連絡してください。間違っても当て逃げなどしてはいけません。そんな事をしたら逮捕されて、下手をすると強制送還されるかもしれませんよ」と。

「不着」防止から日常生活まで

事故防止の次に大事な事として日川さんが強調したのは「不着」防止。不着というのは、業界用語で、新聞の配達もれの事です。
「皆さんにお金を払って学校に行かせてくれるのは誰ですか。販売店の所長さんですね。でも販売店はどこからお金をもらいますか。そうです。読者つまりお客様からですね。
このお客様に朝、新聞が届かなかったら、お金をもらって品物を渡さないのと同じで、大変な事になります。この不着が続くようだとアウトです。」何だか日本人従業員に話しているような感じです。

日川さんの話は、だんだん生活全般にも及んできます。空手道場に通い、自らもベトナムに空手道場を開くのが夢という彼は、その教えを引用してか、「あいさつ、返事、後始末」を強調します。そのうえで、「ベトナムの人は往々にして時間を守らない人が多いが、これは日本ではダメです。時間と約束は守りなさい。お金は貸すも借りるもしてはいけません」と時に子供にさとすようにも言います。

このほか、ベトナムでは普通のサンダル履きでの配達はダメとかゴミの分別ルールを覚えろ、さらに手取りの半分は貯金しろといった細かな事にまで及んできます。
さらに、自販機に50円玉をひもで釣るして、ジュースを盗もうとして逮捕されたケースやパンツのまま風呂に入ったケース。はては、男女交際のトラブルで帰国を余儀なくされた例なども紹介しながら、時に笑いを誘ったり、時に少し誇張しながら学生の注意を引きつけて話を進めます。

途中、説明のわかりづらい内容についてはギー副校長やアシスタント教師のコイさんがベトナム語でサポートします。
質問にも1つ1つ答えながら、約2時間、話し終えたら汗びっしょりです。差し出したミネラルウォーターを一気に飲み干したあともなお、「わからなかったら遠慮しないで何でも質問してください。今なら時間はありますからね。」と話を誘います。ほぼ質問が出尽した頃合を見はからって、こう話をして、オリエンテーションを締めくくります。

「今まで、がまんしろに始まって、厳しい事を沢山話しました。当然です。パスポートの取得から飛行機に乗る事まで、初めての事ばかりで、いきなり日本に来て、仕事も学業もやろうというんですからね。でも皆さんが来日する3月中旬は、桜が咲き始めている頃でいいんですよ。桜はパッと咲いて、パッと散るから日本人には潔よくていいんです。」桜談義にはさすがに学生たちもピンとこない感じですが、かまわず話を続けます。

「日本は6月頃、梅雨といった雨期があります。ベトナムのスコールと違い雨の日が続いたりもします。でも皆さんが楽しみにしている東京ディズニーランドに全員で行くのも6月です。皆さんは来日したら1週間の合宿、免許取得のあと各販売店に別れて配属になりますが、ディズニーランドでは一同に会せるはずです。つらい事も多いだろうけど、楽しい事もきっと待っています。3月、東京で会いましょう。」

会話重視のさくら日本語学校

日川さんは翌日、ドンズーに次ぐ大手のさくら日本語学校でもほぼ同様の説明をしました。こちらは、どちらかといえば会話重視で、ホテルやレストランといった日本人観光客と接する事の多いベトナム人が、日常業務を終えてから通学しているケースも少なくないところです。
これらの学校で学び、今春、新聞奨学生として来日するベトナム人留学生は、首都圏の朝日新聞に限っても、70余名に及び、これまでの留学生と併せると300名に達しており、配達網を維持するうえで、もはや欠かせない人材になってきています。

さくら日本語学校正門さくら日本語学校正門

ベトナムに来るようになって15年という日川さんですが、ベトナム語は話せますかとの問いに対する答えは「英語もからっきしダメな私が、六声のベトナム語などしゃべれる訳はありません」とあっさり。
しかし、説明の合い間に学生一人ひとりに出身地を聞きながらのやりとりからは、ハノイやホーチミン市だけでなく、小さな町にまで足を運んでいる体験に裏付けられた豊富な地理の知識がうかがわれ、それがまた学生への安心感につながっているかのようです。

ベトナムの月給は1万円

ベトナムの学生や労働者の現状についても少し紹介しておきましょう。

都市部の平均的な労働者の月収は日本円で1万円ほどです。経済成長の一方で、最近は諸物価とりわけ食料品価格が急騰しています。
輸出競争力を維持すべく、2011年2月、ベトナム政府は通貨ドンを9.3%切下げました。その分輸入品は値上りしており、庶民の生活は楽ではありません。
6ヶ月前、タンソニエット空港で、筆者自身が両替した時のレートは1万円が241万ドン。3ヶ月前は265万ドン、それが今回は270万ドンと、さらに下がっていました。

こうしたなかで来日をめざす学生は、仕事やアルバイトで貯めたお金で、日本語学校の学費を稔出しながら、勉強を続けてきたのです。ちなみに今回来日する事になった学生の平均的レベルはN3~N4という、以前のクラスに直したら準2級~3級といったところで、簡単な日常会話はこなせるレベルです。ここまでは自費でがんばってきたのです。
そして、読者、販売店、奨学会などの支援を受けて、今では日本人の多くが続かなくなった朝・夕刊の配達を担いながら、2年間、日本語学校に通い、さらに多くは大学にも進学しようとしているのです。

EPAを先取りした販売店

どんなにすぐれた記事でも、多くの読者に読まれなければ新聞としての存在感は発揮できません。かつては、圧倒的な影響力を持って日本のマスコミ界をリードしてきた新聞ですが、マスコミ界におけるその地位が今、大きく揺らいできています。
新聞の相対的地位の低下については、TVやインターネットの普及と紙面広告の激減といった事のほか、販売店網の弱体化があるといわれています。本稿の結びにあたり、特に、宅配制度の維持と販売店の現状についても論及しておきます。

毎日の配達を現場で支える新聞販売店の収入は、購読料と折り込み広告(チラシ)収入が2本柱です。しかし最近は、読者数の減少という長期的な傾向だけでなく、特にリーマンショック以降の不況や3・11大震災でチラシの収入も大きく落ち込んできており厳しい状況にあります。
加えて毎朝夕刊の配達というしばりのなかで、日本人の新聞奨学生による配達が長続きしなくなったという実態があります。新聞販売店は、部数減、チラシ減に加えて、配達要員不足という「三重苦」にあえいでいるのが現実です。外国人奨学生はこの三重苦の1つを解消する救世主の役割を果たしているといえるのです。

その意味では、人手不足の看護や介護の現場を救うべく鳴り物入りで導入しながら、難解な日本語による国家試験が壁になって遅々として進まない、EPA(経済連携協定)にもとづく、フィリピンやインドネシアからの看護師・介護士制度にも比する事ができます。
フィリピン、インドネシアからの看・介護士については、日本での受け入れ機関が厚労省傘下の天下り事業団になっています。それだけでなく、日本語教育も来日後6ヶ月間、原則日本で行なうとしていますが、この窓口までもが、こちらは経産省傘下の天下り機関が握っています。この故もあってか、国家試験の合格率は1ケタ台にとどまってきており、何のためのEPAかと強い批判を浴びてきています。
そのせいでしょうか。2012年から新たにベトナムからも看・介護士候補生の受入れをスタートする事になりましたが、日本語教育はあらかじめ「現地・ベトナムで1年間」実施する事になりました。

ところで新聞はEPAの看・介護士問題については時々取り上げますが、自からの同じような人手不足については何故か、ほとんどニュースにしてきていません。しかし、FTA(自由貿易協定)やその進化形であるEPA、さらにはその地域連合であるTPP(環太平洋経済連携協定)についてあれだけの議論しているのですから、自からの足下についてもそろそろ取りあげてもいい時期に来ていると思われます。何よりこちらの方は、新聞業界の方が一歩も二歩も進んでいるのですから。

【文・写真】
坂内 正(ばんない ただし)
ファイナンシャルプランナー、総合旅行業務取扱管理者。元政府系金融機関で中小企業金融を担当。退職後、旅行会社の経営に携わり、400回以上の渡航経験を持つ。ロングステイ詐欺疑惑など、主にシニアのリタイアメントライフをめぐる数々のレポートを著す。
著書に『年金&ロングステイ 海外生活 海外年金生活は可能か?』(世界書院)
『情報と調査』編集委員