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大光通信社 HOME > COLUMN > コラム03 ベトナムに進出した中小企業と日系工業団地<誌場セミナー>
長びく円高と不況のあおりを受けて、
中小企業の業績は一向に好転しません。こうしたなかで、
中国や韓国とのあつれきを避け、相対的にはまだ労賃などの
安い東南アジア諸国に工場を移転する企業が急増しています。
これらの動向については毎日のようにテレビや新聞でも報じられており、
経営者に限らず今や周知の事実です。
その一方で、こうした事例としてマスコミなどで紹介される企業の多くは、
中小企業といっても、中堅企業に近く、従業員規模で5人、10人といった
小零細企業の進出例はまだそう多くはありません。
私自身しばしば、中小企業経営者の
海外工場視察旅行に同行し、新興国の工場を見学した後の
感想として聞かされる言葉があります。
――新興国だからと軽く考えてきたわけではないが、日本より数段進んだ機械装置が
導入されているのに正直驚いた――というのです。
これは、従来の従業員や敷地・建物などの制約から日本で導入できなかったような
機械や設備を、安価な労賃や地価を見込んで
海外に進出することで可能になったといったものです。
それはあたかも日本より遅れたテレビの導入時、ビデオデッキがなくて
一気にDVD機能付になった中国や、固定電話器の普及なしにこれまたあっという間に
日本より進んだ携帯電話が普及した新興国の「中抜き現象」に
似た側面があるかもしれません。
13年3月の期限まで半年を切ったなか、
円滑化法についてのニュースが連日報じられる一方で、
それでも払えない企業は何をどうしたらいいのかといった点についての
具体的な解説やニュースは、あまりありません。
実際の返金についても、金融機関と当事者である中小企業以外には、
そのやりとりはあまり知られてきてはいないのが事実です。
せいぜい、「資金繰りに苦しんでいる」という一言で片付けられてきた、
といっても過言ではありません。
ここで紹介するのはそうした事例ではなく、
ごく一般的な小規模企業のケースです。
今回は、今年(2012年)6月に、中国からベトナムへ製造の主力を移すべく
ホーチミン市(旧サイゴン)に進出した従業員数5名の皮小物会社と、
こうした日本の中小企業の進出を待つ、日系工業団地の現状を紹介します。
ベトナムの首都はハノイですが、商都ともいえるのが、
旧南ベトナムの首都でもあったホーチミン市(旧サイゴン)です。
このホーチミン市の空の玄関口はタンソニエット空港。
3年前に現在のターミナルビルが完成し、入国はもとより
タイやカンボジアへの乗り換えもスムーズになりました。
この空港からほど近い市内・北部の12区には町工場が広がっています。
ちょうど羽田空港に近い東京・大田区に町工場が林立している様に似ています。
ここにこのほど会社・工場を設立したのは、都内でシステム手帳や財布、
名刺入れといった皮小物を取扱っているDさん。
Dさんはこれまで中国・広東省東莞市などの工場に製造委託し、日本で販売してきました。
しかし近年の中国沿岸部の賃上げなどでコストが合わなくなり、
ベトナムへの転進を決めたといいます。
皮小物の業界では名工と呼ばれ、
有名芸能人カップルの結婚式の引出物も作った父親の影響もあって、
自身も見本を作れます。これらをもとに中国の工場に製造を委託してきたのです。
円高は中国からの輸入に限ってみれば追い風でここ2~3年は
それでコストアップを吸収してきたけれど、もう無理になってきたといいます。
この業界に入って25年ですが、当初の頃に比べると、
輸入価額はざっと10倍になったといいます。
中国のワーカー(工員)の賃金は、
2,000元(約26,000円)~3,000元(約39,000円)ですが、
輸入にあたって介在する香港人などの中間マージンがコストに積み上がってくるため、
どうしても割高になるのだそうです。この辺りの実情は
本誌でも何度か紹介したことがありますが、図らずも裏付けられた感じです。
(本誌NO.81拙稿「世界の工場に忍び寄る変化――中国・珠江デルタの現状」参照)
情報インフラの普及もあって直接取引も以前に比べれば格段に楽になってきたとはいえ、
長い間の習慣や人間的なしがらみもあり、何とか付き合ってきたと言います。
しかし近年の中国沿岸部のコストアップはそのしがらみさえも捨てざるを得なくさせているようです。
この12区の旧コンベア工場を改装したという会社・工場は、
6月にスタートしたばかり。一部2階建、500m2ですから、
開業時の町工場としてはそこそこの広さ。
これで家賃は1ヵ月2,200万ドン(約88,000円)ですが、
2年目には10%、3年目にはさらに10%アップするというベトナム流のしばりがあります。
従業員の募集については
会社の前に大きな看板を出して集めたそうですが、
基本給が1ヵ月400万ドン(約16,000円)と、この辺りとしてはやや高め。
これに月曜~金曜はほぼ毎日2時間の残業がつきますので、これが約200万ドン。
合計すると約600万ドン(約24,000円)くらいになるといいますから、
今のベトナムの賃金水準からすると高い部類に入ります。
あえて、少し高い賃金を払ってでも、
良い人材を確保したかったといいますが、スタート時に採用した人数は男性4名、
女性16名の合計20名です。
およそ1ヵ月経っての構成比をみますと、女性は全員そのまま働いているものの、男性は4名中3名が辞め、残ったのは1人だけ。このあたりの事情をDさんに聞くと「女性は真面目でよく働くのに、男性はプラプラして、さっぱり働きません。これじゃああかんと思い、早めに辞めてもらいました」ときっぱり。確かにベトナムに限らず東南アジアでは、総じて良く働く女性に比べて男性は上半身裸で道端に寝ころんでいたり、ゴロゴロしている光景を数多く目にします。これでよく女性の方から文句が出ないなあと思っていたら、妙な解説を聞かされました。――確かに男は普段ゴロゴロしているように見えるかもしれないが、過去の歴史を振り返ってみろ。戦後に限っても、独立戦争でフランスを打ち破り、ベトナム戦争ではアメリカを、中越戦争では中国を撤退させたではないか。一朝有事に備えて男は英気を養っているのだ――というのです。
ベトナム女性は働き者
明らかに働かない男共のこじつけのように聞こえますが、
ベトナムの歴史を振り返ると、ユーモアと説得力を持つように聞こえるから不思議です。
一方、設備についてみてみますと、まだ十分にはそろっていないといいながらも
イタリア製の革の型押し機械は新品を導入しました。これだけで、3億ドン(120万円)。
このほか裁断機は中古のものが格安で入手できたので、格安の6000万ドン(約24万円)。
このほか工業用ミシンやもろもろの機械設備類や
開設費用などで約2.5億ドン(約1,000万円)使ったといいますが、
海外に進出しようという小規模企業ならば、初期投資としては
それほど大きな額ではないかもしれません。
しかし、原材料の仕入れや労賃は毎月待ったなしですので、
この方の資金繰りも計算に入れておかねばなりません。設立間際の外国人の会社に
お金を貸す銀行などもとよりありません。
かくして、総勢16名にDさんと現地社長のチュンさんを加えた総
勢18名で稼働し出した工場は、1ヵ月を経て、日本への出荷もスタートしました。
Dさんは今、工場からほど近い場所に部屋を借り、毎日バイクで通勤しています。以前、観光でベトナムに来た頃は、1泊15,000円~20,000円くらいの5つ星のホテルに泊まりましたが、今の家賃はそのホテルの2泊分くらいです。これでも1万円くらいの家賃を3人でシェアして生活しているワーカーに比べれば恵まれているからそう苦にはならないと言います。
従業員のミシン作業を見守る
Dさん(右)とチュン社長
そして「工場をやるってことが、
こんなに大変なことだと今さらながら実感しています。
ミシンや道具1つから自分で修理したりして、サンプルも作らねばなりません。
お客さんの注文に合わせて、人も道具もうまく使わないと仕事が進まないということを
あらためて学んでいます。今はまだまだですが、仕入ルートがきちんとし、
機械のチューニングやミシンがいう事をきくようになれば利益もついてくると思います。
若い頃は反発したけれど、今になって研究熱心な父親に感謝しています」
と名工の息子としての片鱗をうかがわせました。
ところで「太陽王」と名付けられたこの会社ですが、
社長はチュンさんでもお金を出したDさんは役員にも入っていません。
ベトナムに限らず新興国は、一般に資金力で劣る自国民保護の立場から、
国内法にもとづく会社については、不動産の所有と同じように
外国人が株主や役員になることを認めていません。
認める場合でもさまざまな制限を加えています。
これをクリアするためには外資法による
認可をとる必要があります。しかし手続きや書類をそろえるのに手間がかかるので、
現地の友人・知人を代表者や役員に立てて進めるというケースが多いのです。
太陽王もこのやり方です。
この方法は小規模な企業がスタートする場合にはそう時間と手間がかからない利点
はありますが、時に出資したオーナーと現地社長の間で
経営方針や利益配分で仲たがいしたりすると
面倒な事になりかねません。許認可が複雑で、ワイロが必要悪として厳然として
存在している新興国では常につきまとう問題です。
ベトナム側もこうしたトラブルを避け、
日本などからの投資を受け入れるべく、最近は共通投資法といった
外国企業にも広く門戸を開いた法律を制定するなどしています。
その場合でも、日本人が代表者になる会社は年間半年以上、
ビザを取得してベトナムで働かねばならないとか、
投資証明書を取得しなければならないといった制約はあります。
さらに07年1月にWTO(世界貿易機関)に加盟したことで、先端産業はより
積極的な進出が容易になった一方で、縫製業などは必ずしも
恩恵は受けないといった側面もあり、小規模企業にとっては、
手放しで簡単にできるというようなものでないことも厳然たる事実なのです。
以前本誌で、ベトナムでは独自に土地や建物を取得して
進出する企業もあるが、上・下水道、電気といったインフラから、
入居にあたっての許認可までサポートしてくれる
工業団地が人気だということを紹介しました。
このなかでも、少し賃料は割高だが、サポートが充実しているということで、
日系の工業団地の人気が高く、日系企業に限らず韓国系など
諸外国の企業も入居するようになっていることを紹介しました。
(本誌NO.42・拙稿「ベトナムはチャイナ・プラスワン足りうるか」参照)
その後、08年秋のリーマンショックで、進出企業の手控えが相次ぎました。
最近になって再びハノイ近郊では住友商事が、南部ホーチミン市近郊では双日がと、
商社を中心とした日系工業団地の造成が相次いできています。
ここでは、以前本誌でも紹介した南部・ドンナイン省のロンビン工業団地(ロテコ)が
新たにロンドゥック団地(第2・ロテコ)を造成中ですので、この現状を紹介します。
ロテコ団地は、日本の双日系が6割、
その他を国防省などベトナム側が出資して96年にスタートした
南部の日系工業団地としては草分け的存在で、ホーチミン市の中心部から北東へ28km、
車で約1時間半のところにあります。
28kmで1時間半というのは当然ながら道路事情ゆえのことです。
実はここドンナイン省のロテコ団地近辺には、もう5~6回訪問しているのですが、
ほぼ例外なく1時間半近くかかっています。急速な経済の発展と車の増加に
道路などのインフラが追いつかないのです。
それでも最近になって、日本でいえば首都高にあたる高速道路が部分開通しており
今回の訪問でも有料代として、片道4万ドン(約160円)を徴収されました。
ちなみに時間短縮は10分くらい。 またインフラ整備について付言しますと、
タンソニエット空港に替わる新国際空港としてロンタン新空港も2015年の開港をめざして
工事が進められています。さらにこれまではサイゴン河の水深が浅く
25,000トン級の船舶までしか入港できなかった港に替えて8万トン級まで出入りできる
チーバイ港とそのコンテナターミナルの開港準備も急ピッチで進んでいます
。
この団地には現在54社が入居しており、今は満床状態だそうです。
ちなみに54社のうち日系は17社なのに対し、韓国系は24社と、
ここでもコリアンパワーは健在ぶりを発揮しています。こ
の、日系だけど外国系も入るという人気の秘密はキメ細かなサポート体制にあります。
ここで少し横道にそれますが、ベトナムの電力事情について触れておきましょう。今ベトナム経済が抱えている最大の問題の1つが慢性的な電力不足です。「今年は雨季に雨が多かったから電力不足はそう深刻にはならないだろう」といった会話が交されるこの国は、それだけ水力発電への依存度も高いのです。不足分の2割近くを、決して仲の良くない中国からの買電に頼っているといわれます。あれだけ問題点が指摘されながら、なお、日本の原子力発電に依存しようという理由の一端もここにあるのです。今でこそ以前ほど極端な電力不足はなくなりましたが、突発的な停電はあります。
日系ロテコ団地について説明する風間社長
こうした時の備えとして蓄電機能や自家発電装置が必要になりますが、
ここでは重電エンジニア9名が常駐しています。このほか上水道3名、
下水道7名の専門エンジニアさらにはグリーンキーパーとも呼ぶ、
団地内の芝刈り専門のスタッフが13名おり、
季節によってはさらに14~5名増員するそうです。
「コストもかかるが、それだけ安心・安全というのがセールスポイントです」
と話すのは前回も案内してくれた商社・双日出身の風間賢雄社長です
この第1・ロテコ団地から車で約20分のところに第2ロテコ団地を造成中とのことで、こちらも案内してもらいました。実はここは以前カシューナッツ農園だった頃に一度訪問しているのですが、今は大型ダンプカーやブルドーザーが行き交い、2013年8月の完成をめざしてあわただしく造成作業を進めており、農園の面影はありません。
造成が進むロンドゥック(第2ロテコ)団地
見わたす限りといった感じですが、
ここの広さは270ヘクタールと関西空港の約半分の広さ。
ゴルフ場なら3つくらいの広さとのこと。ここの売りは、海抜が39~44mと高く、
かつ地盤もしっかりしていることで、特別の杭打ち作業は不要だそうです。
この辺りは、3・11東日本大地震災やタイの水害を意識してのことかもしれません。
それゆえでしょうか、まだ造成中というのに3分の1は予約済だそうです
ベトナムはドイモイという名の改革政策が進む一方で、
年率10~15%にも達するインフレが続いてきました。
2011年2月の通貨ドンの9.3%切り下げや政府による引き締め策で
ようやく最近はインフレ率も1ケタ台に下がってきましたが、庶民の生活は苦しく、
賃上げ要求も切実です。これに押されて最近までワーカーの賃金は
1ヵ月1万円といわれてきましたが、序々に上がりつつあります。
この一方で地元企業はリーマンショック後のあおりもあって伸び悩んでおり、
今はその分、外資企業に人が流れるという現象が生まれていますが、
あくまで一時的とみられています
風間社長は言います。「かつてのベトナム人労働者は勤勉、安価、優秀、そして親日
と言われましたが、今では、これは親日を除いては死語に近いかもしれません。以前は
100人募集したらどの企業にも3~400人の応募があり、そのなかから選別できました。
しかしここ1~2年は100人募集しても応募は5~60人にまで減りました。
これに毎月5~10%という離職率の高さが加わります。ですから賃金もさることながら
ワーカーが長く安心して働けるような寮の建設だとか、
送迎バスの確保、保育所、医療施設、
さらにはコンビニなどの身近なインフラも欠かせないと思います。現行では中国と異なり
団地内の寮の建設は認められませんが、これからは不可欠ですね。
何たって現在ロテコ団地内で働いている18,000人のうち8割は女性です。
女性は総じて真面目です。養子制度のないベトナムでは
家を継ぐ男子は甘やかされて育つと言われます。
そんなこともあって経営者も男性より女性を雇いたがります。
女性を大事にしないと仕事が進まないんです。」
何だか、先の皮工場でも同じようなことを聞かされたなあと思い出してしまいました。
風間社長はこうも付け加えました。
「ベトナムの工業団地というと、大企業でないと受入れて
もらえないと思われるかもしれませんがそうではありません。
特に第2・ロテコ団地では500~1000m2といった比較的小ぶりなスペースでも
貨与できるサブリースのようなものを考えたいと思っています。ベトナム語はもとより、
英語も苦手だという中小企業さんだけでなく、
外資法や許認可をどうクリアしたらいいだろうかと
悩んでいる企業さんにも来てほしいと思っています。
何たって日系団地ですから日本の中小企業さんにもっと出てきてもらって
元気になってほしいですね。願わくばロテコを第2の大田区に、なんて思っています。」
40年近い商社勤務のうち22年を海外で、そのうちの半分、
約11年をベトナムで過ごしてきたというシニアビジネスマンの夢はまだ広がります
【文・写真】
坂内 正(ばんない ただし)
ファイナンシャルプランナー、総合旅行業務取扱管理者。元政府系金融機関で中小企業金融を担当。退職後、旅行会社の経営に携わり、400回以上の渡航経験を持つ。ロングステイ詐欺疑惑など、主にシニアのリタイアメントライフをめぐる数々のレポートを著す。
著書に『年金&ロングステイ 海外生活 海外年金生活は可能か?』(世界書院)
ミンダナオ国際大学客員教授 『情報と調査』編集委員